夏の災難・その後


ひとしきり俺の体をチェックして気が済んだのか、アサシンは一旦抱きしめるのを止めて
縄もほどいてくれた。
それから、転がっている男どもを鬱陶しそうに眺める。
「そういえば、何で俺がここにいるって……?」
そもそもここから離れた場所にいるんじゃなかったのか、とも言いたかったが、それは後回しだ。
「君のことならなんでも知ってる」
それ真剣に恐いですから止めてください。
「それは冗談だけど、一応僕にもネットワークがあってね」
服に縫いつけられたエンペリウムの欠片をとんとんと叩いてみせる。
ギルドを作る時にはエンペリウムが必要だが、その後エンペリウムは壊れてしまう。
正確に言うなら、壊れた後の欠片を使ってギルドメンバーとの交信をしたり、場所を把握したりするのだ。
大抵のギルドでは欠片をエンブレムに縫い込むが、アサシンのは剥き出しのままだった。
「傭兵ギルド、っていうのかな……僕みたいな人間の集まり」
そのギルドの集会だけは絶対に覗きたくないな、という心情を押さえて頷く。
「まあ、その一人が連中の動きを教えてくれてね、駆けつけたの」
「簡単に言うけど……あんた遠くまで行ってたんじゃないのか?」
蝶の羽で帰ってきたのか、と聞くとアサシンは何のことだか、とでも言いたげにきょとんとして見せた。
「ここ、ジュノーだよ」
「はあ!?」
アルベルタだとばっかり思ってたぞ!?
「ちょうど目的地がここの近くで助かったよ」
ってことは、全然違う場所まで連れて行かれる可能性もあったということで……。
こいつに頼るのも癪だが、来てなかったら今どうなっていたのか、とか考えたくない。
「でも呼んでくれても良かったのに」
「ああ……なんか妨害電波発してるらしくてさ、繋がらないんだと」
「え?」
ぱっとエンブレムの欠片を見て、そこに何の文字も浮かんでいないことに気が付いた奴が舌打ちする。
「道理で連絡が入らないはずだ」
軽々と立ち上がると、いきなり俺の体まで抱き上げられる。
「わっ、おい、止めろって!」
恥ずかしいのもあるが情けない。手足をばたつかせようとしたら、体の節々が痛んだので止めた。
「強がり言わない。どうせ歩けないでしょ」
そう言われて言葉に詰まる。
ただでさえまともに準備せず突っ込まれた上、狂気ポーションの影響が今になって体を蝕んできた。
「外に出て、連絡取るから」
「……人と会うんだったら、俺席外すからな」
こんな格好人に見られてたまるか。
「大丈夫……僕が、他の人なんかに君を見せると思う?」
軽い笑いと共に吹き込まれて、背筋がぞくりと震える。
それを感づかれたくなくて、話題を逸らした。
「あ、のさ、あいつらどうするわけ?」
ちらりと視線を走らせたが、それを遮るように目を覆われた。
「あんなもの見てたら目が汚れる」
「……まあな」
その言いぐさがあまりにも普段通りで、苦笑した。
それに安心した自分への苦笑も、多分に入っている。
「一応ギルドの方に後始末は頼んであるから。百回ぐらい殺しても殺したりないけど、それすると君が怒るから」
まあ、俺も殺してやりたいとは思うが、それをあっさりやってしまうと冒険者として何だかなあと思う。
こいつも、あくまでも冒険者としてのアサシンなんだし。
「どっかに売りさばかれて、この世の地獄を見るってとこだね」
「ははは……」
さらりと言われて、引きつった笑いを漏らすぐらいしか出来なかった。
「あ、そうだ、俺の楽器!」
ドアから出ようとしたところで、思い出した。
アサシンはちょっと笑って、俺をドア出たところに下ろしてから、楽器諸々を取ってきてくれた。
途中でわざわざ気絶してる男たちを踏んづけてるのは気のせいだろう、うん。
「帰ったら、ゆっくり寝ようね」
疲れてるでしょ、と妙に紳士的な対応に驚いて、うん、としか返せなかった。
その裏に企みがあったことを知るのは、その日の夜のこと。



End.




        ひっそりこっそり、浮き庭の『小さな家』に続く。



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