痴漢とバードの受難
「うわ……すげー人だかり」
精錬所に群がる人を見て、バードはそう言った。
隣には当然のようにアサシンが笑っている。
「ホルグレンをタコ殴ろう大会とかあったらもっと混むかもね」
「……まーな」
プロンテラの精錬所の主、ホルグレンは数多の武器防具を叩き壊す天才である。天災ともいう。
尤も過剰精練に挑む際には、壊れるかも知れないと一応念を押すので、装備を壊されたことのない
バードは特に彼に恨みを持ってはいなかった。
過剰精練できるほど金がないと言った方が正確かも知れない。
今日は何と、日頃のご愛顧にお応えしてとかいう企画で、精練値が半額になるらしい。
ここぞとばかりに冒険者たちが列を成して精錬所に詰めかけ、商人たちは露店を開いて鉱石を売っている。
ついでに食べ物を売り出す露店も出ていたりして、ちょっとしたお祭り状態だ。
「なあ、本当にこれに並ぶ気？」
「うん、せっかくだし」
だったら俺をつきあわせないで欲しい、という言葉をバードは飲み込んだ。
そもそも精練がしたいのなら一人で並んでいればいいものの、それでは退屈だからとかなんとか言って
ほぼ無理矢理アサシンに連れてこられたのだった。
バードは愛器を壊すほど精練するつもりはないし、安全圏で精練できるものはしてしまっている。
しかし、そんなことを今さら言ったところでアサシンが引き下がるとは到底思えない。
諦めたバードは心なし肩を落としつつ、彼の後について列に並んだのだった。
精錬所の前で幾重にも折り返された列は二人ずつ横に並んでいる。
アサシンの隣で何を話すでもなくぼーっとしていたバードは、股の辺りに風が吹き込んでくるのを感じた。
要するに、マントが軽くめくられている。
違和感を感じると同時に、何者かの手が尻の少し下あたりに触れてきた。
（げ……）
そんなことをするのはアサシンぐらいしかいないとバードは心の底から信じている。
嫌な信用のされ方だった。
いかに節操無しであろうとも、こんな人前で妙な真似をされてはたまらない。
ズボンの上から何回かさすられて、背筋に悪寒が走る。
あまり周りの人に聞かれたくない話題なので、バードはそっぽを向いたままパーティー会話で文句を言うことにした。
冒険者になった時に誰もが手に入れる個人証明機は、パーティーを組んだ相手の位置を把握することや
パーティーの相手だけに聞こえるような会話を実現してくれる。
なんでも古代の技術と現在の魔術に技術、カプラサービスの力を持ってして開発した代物らしい。
これによって昔は無法者と同義語だった冒険者の把握などができることもあって携帯は必須である。
そのタイプは個人の好みで選べるのだが、バードは懐に入れて持ち歩くタイプのものを使用している。
襟元近くに付属の鎖で留めてあるそれを引っ張り出して、こっそり囁く。
集音・指向性の特徴を持っているため、パーティーを組んだ相手の個人証明機にのみ聞こえるはずだ。
『ちょっと、こんなとこでなにすんだよ！』
『なにって……なに？』
エルニウムやオリデオコンの数を数えていたはずのアサシンは瞬時に返事を返してきた。
『とぼけんなよ、だから、その、えーと……』
さすがにストレートな物言いははばかられ言葉を濁す。
と、バードはあることに気が付いた。
そう、今も尚手は動いているのだが、アサシンは鉱石の数を数えていたはずなのだ。
当然、両手を使って数えているはずである。
違う意味での嫌な予感が背中を走り抜け、バードははじかれたようにアサシンの方へ振り向いた。
手に持っていた個人証明機が鎖の一番下で何回か跳ねる。
アサシンは、きょとんとした顔でこちらを見ている。
片手に鉱石の袋を持ち、もう片方の手は袋の中に入ったままだ。
いくらアサシンとはいえ、手が三本もあるはずはない。
あっても驚かない気もするが。
「…………」
考えていたのは二秒足らずだった。
ぱしりと不埒な手を掴んで振り向くと、あからさまにぎょっとした顔の男がそこにいた。
「あ、あんたなあ！」
バードはよっぽど男の尻触って何が楽しい、と叫びたかったのだが、必要以上に混雑しているこの場で
そんなことを叫んでは加害者はもとより被害者であるこちらも恥ずかしい。
「……なに？」
警備兵の詰め所に連れてってやろうかと考えたその時、横から声がかかった。
その時点でバードは穏便に済ませることを諦めた。
「あー、なんだ、こいつに、その」
周りの人間に知られるのが嫌だったので、続きはアサシンの耳元で囁いた。
「尻撫でられた」
言った途端、バードの隙をついて男が手を振り払って走り出した。
追いかけるか諦めるかバードが迷う間に、横を疾風が駆け抜ける。
速度増加もかかっていない男がいくら走ろうとも、アサシンの全速力に追いつかれないわけがない。
いともあっさり背中を蹴られて転倒し、おまけに手を踏まれる。
嫌な音がしたが、きっと気のせいであろう。
流石に人の視線が集まりそうだったので、バードは慌ててアサシンの所まで行った。
「な、なあ、とりあえず場所変えね？」
「え？」
心底凍えるような笑顔で男の手の上で足をぐりぐり動かしていたアサシンは、そのまま聞き返した。
「いや……詰め所に預けるにしても移動しないと、ここ人多いし」
「まあ、君がそう言うなら」
ようやく手の上から足をどかしたかと思ったら、膝の裏を踏みつける。
またも嫌な音がしたが、気のせいに違いない。
最早男は声も出せず悶絶している。その男を今度は嫌そうな顔で持ち上げると、人通りの少ない方に歩きはじめた。
大人しく詰め所へむかっていると思ったのだが、着いたところは薄暗い路地裏だった。
容赦なく膝の後ろから足首から手首に胴体までぐるぐる巻きに縛られた男を塀にたてかける形で座らせ、
その前にしゃがみ込んだアサシンは笑顔すら浮かべていた。
「で、耳からがいい？ それとも爪？」
「ちょっと待てい」
限界まで精練された裏切り者を構えていきなり物騒なことを口走るアサシンを、流石にバードは止めた。
「何か問題ある？……それとも」
裏切り者を男に突きつけたまま、ゆっくりとバードの方に振り返る。
「こいつの手が良かったとか口走る気？」
「いや、気色悪かった」
目が恐かったので、さっくりと即答する。
「そうじゃなくて、詰め所に突き出すとかあるだろ。私刑は微妙だ」
「そんなことじゃ僕の気が収まらない」
バードは、アサシンの目の奥に冷たく輝く炎さえ見た。
二人のやりとりを聞いて、ただでさえ青かった男の顔色から更に血の気が引いていく。
「お、おい、そこのあんた！ 俺が悪かった、謝るから許してくれ、助け……」
「うるさい」
瞬時にして裏切り者を左手のみで持つと、右手が男の喉元に伸びる。
ぷちゅ、というような音がして確実に喉笛が潰れたようだが、気のせいに決まっている。
（ちょっと待て、普段俺がされてるのはまだマシな方なのか……！？）
恐ろしい光景を目の当たりにして、本来の被害者であるはずのバードは青ざめた。
「と、とにかく、もう充分じゃないか？ たかが尻触られただけだし」
頬の皮を少しずつ剥こうとしているアサシンに、顔を引きつらせながらバードは声をかけた。
サディスティックな笑みを浮かべていたアサシンはくるりと振り返る。
「たかが？」
笑顔は崩れていないが、この男の笑顔ほど恐いものはないとバードは今までの経験で十分承知済みだ。
「あのね、君の体は上から下までどころか中身まで僕のものなの。わかってる？」
「俺の体は隅から隅まで俺のものだと思うんですがいえなんでもないです」
バードに向けられる刃物が裏切り者からダマスカスに変わっているのは愛故か。
いつのまに、どこから出したのかは考えてはいけない。
「それをこんな下衆に触られるなんて、許せないことだと思わない？」
こんな下衆、の辺りで男の耳たぶに切れ込みが出来た。
バードは心底この場から立ち去りたいと思っていたが、原因が自分にないとも言えないので我慢していた。
「好きで触られた訳じゃないし……」
「うん、その点では君は決して悪くないよ。ただね、最初僕と間違えてたよね」
痛いところを指摘されて、ぴしりとバードは固まった。
「この僕と、こんな奴の手を一緒にするなんて非道いなあ」
手に触れるすれすれの所を裏切り者で撫でただけで、そこに生えていた毛が宙に舞う。
バードにしてみれば自分を性的対象として見る男はアサシンぐらいしかいないと考えていたし、そもそも
分厚いズボンを重ね着している上から撫でられた所で手の持ち主の判別がつくわけがない。
「もう一度教えてあげないといけないかな」
独り言のように呟くと、とどめとばかりにふところから取り出したダガーで男の手と地面を縫い止めた。
声にならない叫びが路地裏に響く。
しかし、一応首都内部にもかかわらず誰かが来るような気配は微塵もなかった。
両脇に並ぶ建物はひっそりと静まりかえっており、こちら側の窓には全て板が打ちつけてある。
その異様さにバードは今頃気が付いたが、すでに遅かった。
ちょうど男と反対側の壁に押しつけられて、息を呑む。
「ま、まさか……」
さあっと血の気が引いていく音が聞こえる。
刃物をしまったアサシンは、正面からバードのそれに触れた。
「ば、ばか！ ここ外だろ！？」
「いいじゃない、初めてじゃないし」
そう言われて、ぱっとバードの顔が赤く染まる。
確かにアルベルタや狩り場でも二、三回押し倒されたことがあるのだった。
「それとこれとは別だっ……それに」
嫌がおうにも目に入るのは、手足の痛みに声を出せず悶える男の姿。
バードには見物人を立てて喜ぶ趣味は全くない。
「二度とあんなことしないようにしてやろうと思ってね……気にしないで良いよ」
「無理なこと言うなっ！」
「じゃあ、気にしないようにしてあげる」
かちりと音を立てて、器用な指先がベルトを外していく。
入り込んできた冷たい手に、バードは身震いした。
「い、いやだ、触んな！」
「いや」
「ひっ……」
微妙な角度で握りこまれて、どちらかといえば恐怖の声をバードが漏らす。
腰を申し訳程度に引いても付いてくる手を外そうと手を伸ばしても片手で払われ、なすすべがない。
そうこうしているうちにも親指で側面を何度も撫でられ、ゆっくりとした刺激が与えられる。
反応しかけている自分のものにつられて声を上げそうになり、慌てて手で口を覆った。
そのまま顔を背けてきつく目をつむる。
アサシンは彼の様子を一瞥したが、それには口を出さず愛撫に集中する。
時折腰がぴくぴくと跳ね出すようになると、アサシンはバードのズボンを少しだけ脱がせた。
外気に晒されて少し萎縮したように見えたが、構わず手の動きを早めると勃ち上がりが顕著になってきた。
バードは必死で目を閉じて考えないようにしているが目元は赤く染まっており、眉は切なげに寄せられている。
アサシンの体を押しのけようと肩にかかっていた手はすでに力が入っていない。
彼は左手でバードの手を口から外すと、有無を言わさず口づけた。
目と同様唇も固く結ばれていたが、先端に指を押しつけて刺激を与えると耐えきれなくなったのか口を開けた。
小さく声も上がっていたが、アサシンの口の中に消えていった。
「……ふ……」
性急ではなくゆったりとした舌の動きと、それと反して激しくなる指の動きとにバードは翻弄されていた。
口の端から垂れた唾液をアサシンの舌に舐められると、足の力が更に抜けていく。
そのまま首筋を軽く舌で辿られて、半分以上アサシンに体重を預ける形になった。
「あ……あっ」
幾度も先端をなぞられていると、そこに湿った音が混じり始めた。
それと共に、小さくはあるがバードも声を出す。
襟元で隠れる辺りに軽く噛みついて、彼の体が反応するのを楽しそうに見ていたアサシンは耳元で囁いた。
「座っていいよ」
ついでにピアスの穴あたりを甘噛みされ、バードはずるずると座り込んだ。
いつの間にかマントが外され、腰を下ろした辺りにひいてある。
アサシンの手が離されたことに安心して、は、と息を吐く。
安心するのはまだ早い、ということを何回経験しても覚えないバードである。
バードの前に膝をついたアサシンは、さんざん自分で弄くったそこに顔を近づけた。
「いやだっ、それはやめ……ああっ！」
文句を言うために声を出していたため、嬌声が上がる。
躊躇せず口に含んだアサシンは、時折吸い付きながら舌を絡めていく。
「ひいっ、あ、やめっ、あ、あ」
一気に快楽を得たバードは、制止ともつかない言葉を漏らすうちに、霞がかった視界に妙なものを捕らえた。
それはうずくまったような物体で、シルエットで言えば人間の男性、と考えたところでそれの正体を思い出した。
「えっ、あ……」
さっきアサシンに拷問に近い行為をされた男である。こともあろうに、あれだけ痛めつけられたにもかかわらず
股間が膨張している。
「止めろって！ う、うしろ……っ」
気を散らしたのが気に入らないのか、彼に歯を当てられてバードがのけぞる。
つつっと根本から舌を這わせて、アサシンがバードを見上げた。
「まだ他を気にする余裕があるの？」
口淫は止められてもそこは静まる気配もなく、荒い息でバードが言い訳をする。
「そ……いう問題じゃなく、やだ……」
「なにが？」
「だからあ！ あ、あいつが見てるからっ、いやだ」
「ああ……」
絶対零度の瞳でアサシンが振り返る。
どこかから取り出したダガーを男の頬すれすれの壁に投擲してから、再び向き直った。
「あの史上最低の極悪人に見られるのは嫌？」
「あたりまえ、だろ」
「じゃあ、触られるのもごめんってことだよね」
「変なこときくな……！」
その答えを聞いて、アサシンはとろけるような笑みを浮かべた。
「良かった、いいなんて言われたら置いて帰ろうと思ってたよ」
さらりと恐いことを口走り、自分でしててもいいよと言い残してアサシンは男の方へと歩いていく。
放っておかれる形になったバードだが、意地でも自分で慰めるようなことはしたくなかったし、何よりも
体中の力が残っていなかった。半分朦朧とした意識の中で、アサシンの背中を眺めるだけだ。
「今日の所はこれぐらいで勘弁してあげるけどね、今度やったら楽には死ねないと思って」
低く、相手にしか聞こえないような声でアサシンが忠告する。
間近にアサシンの目を見てはそれしかできないだろうが、男はこくこくと頷く。
「ああ……これ、邪魔だよね」
――――自主規制――――
完全に白目をむいた男をその場に放置して、アサシンはバードの元へ帰ってきた。
彼からはアサシンの背中に隠れてほとんど見えなかったので、何をしたか聞いてみたのだが、笑ってごまかされた。
「さて、待っててくれたんだからかわいがってあげないと」
「ま、待ってたわけじゃないっ」
「だって僕にしてほしかったんでしょ？」
「ちがっ……あっ、あーっ！」
放っておかれたものをいきなり口に含まれたあげく手早く愛撫され、バードは高い声を上げるしか出来なかった。
アサシンに焦らす気は全くないらしく、さっきまでとは違う速さでバードを追いつめていく。
「ふあ……あ、やあっ」
「いい、でしょ」
「しゃべんな……っ！」
左手はバードのそれに添えたまま、アサシンは右手を奥にまで伸ばした。
探り当てたそこに指を差し入れると、その刺激でバードは到達する。
「ああ……っ！」
体が一瞬硬直し、アサシンの口内に精液が注がれる。
バードは天を仰いで息を整えようとした。
しかし、アサシンはそれを飲み込むために一度は口を離したが、再びくわえた。
「ひっ、ばか、イったばっか……」
敏感なままのそこは、すぐさま反応を見せる。
だがアサシンは、バードの言葉を聞いて口を離した。その間に指も抜き取っている。
「ここで最後までしたい？ それとも部屋に戻る？」
頬にキスなど落としながらアサシンが問う。
バードは迷わず後者を選択した。
「部屋に、戻る」
彼にとってのベストは部屋に戻って何もしない、なのだがそれは高望みすぎだろう。
「じゃあ、僕のもしてくれる？」
「……はい？」
「このままじゃ帰れないし」
アサシンの服はある程度そういう欲望を隠してしまうつくりになっている。
ぱっと見そこに注目してもわかりにくいのだが、アサシンの手に導かれて彼が触れてみるとそこは
じんわりと熱かった。
バードは迷った。したことがないわけではないが、ここは仮にも屋外で誰が来るともわからない場所である。
しかし、ここでそれを嫌だと言ったら問答無用で最後までやられる気がする。まだ言うことを聞いた方が
得かもしれない、とそこまで考えが行き着いた時には半ばやけっぱちだった。
「……わ、わかった」
その前に微妙に煽られた自分のものをしまおうとしたが、アサシンに止められた。
「駄目だよ、君のを見てた方が気持ちいいから」
「……今さらだけどあんた本当に変態だな」
バードはいつも一言多い。
それには応えず無言で立ち上がったアサシンは、手早く自分のそれを取り出してバードの口にねじ込んだ。
「ん、んんっ！？」
「……変態は変態らしくやらせてもらうよ」
内心気にしていたのか、目を白黒させるバードに構うことなく腰をスライドさせる。
容赦なく喉まで突き上げられたバードの目に涙が浮かぶが、そんなことを気にするような人間ではない。
「ふ、ぐっ、んー！」
「ああ……いい感じだね」
アサシンはうっとりと呟く。苦しそうなバードの声でさえ、彼にとっては快感の一種に変換されるらしい。
悪戯心を出して、器用にも靴先でバードのものを突っついてみた。
されるがままだったバードはいきなりのことに驚き、歯を立てそうになる。
アサシンは軽く眉を寄せたが、初期の頃さんざん噛み跡が付いたため今や慣れっこであった。
しばらく陶酔した表情でふけっていたが、唐突に口から抜いた。
バードに困惑した目で見上げられて、にっこりと笑いながら行動を促す。
「舐めて」
逆らう気力も根こそぎ奪われたのか、バードは大人しく舌を出して裏から先端までを舐める。
「ん……そうそう、そんな感じ……上手くなったね」
「嬉しくない……」
頭を動かしながらこっそり呟くが、アサシンは聞かなかったことにしたらしい。
早めに終わらせようと、バードは自らそれを口に含んだ。
「ん……んっ」
ちゅ、と吸い付くと軽く声が漏れる。
しかしバードがその様子を窺ってみても、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
こいつがまともに乱れたとこは見たことないな、と彼はそんなことを考えて気を逸らしながら口を動かしていた。
「……出すよ」
「へ？」
アサシンが口から引き抜いたそれは、バードの目の前ではじけた。
「な……っ」
その飛沫が顔のみならず上着にも付着しているのを確認して、バードは幸せそうなアサシンを睨みつけた。
「あ、あんたなあ！ 誰が洗濯すると思ってんだ！」
「口に出したら出したで怒るくせに」
「当たり前だ」
しかし、昼間こそこそと洗濯場で服だのシーツだのを洗濯する者の身にもなって欲しい、と彼はため息を吐く。
普段持ち歩いているタオルを出して顔をこすろうとすると、不満げな声が上がった。
「えー、拭いちゃうの」
「このかっこで町を歩けるか」
ただの変な人である。
「あー……そういや、精練はいいのか」
「一緒に来てくれる？」
「遠慮する」
そんな元気はない、とバードが即答すると、やっぱりねとアサシンが苦笑いに近いものを浮かべた。
「じゃあ早く戻ろうね」
下に敷いていたマントを肩にかけ直してやって、蝶の羽を手渡す。
宿屋に直行できるそれをバードは少し手の上で遊ばせていたが、やがて諦めたように一息吐くと羽を握りつぶした。
アサシンは彼の姿が消えるのを確認してから、気絶した男の方に近寄って襟首を捕まえ、荷物でも運ぶように
大通りの方へ向かう。途中失敬した木切れに『この男痴漢』と書いて縄にくくりつけ、人通りが増えてきそうな
所まで行って男を投げ捨てた。周りの人から注目を受ける前に、彼は蝶の羽を使って姿を消した。
以来、プロンテラで痴漢行為を働くと恐ろしい罰を受ける、という噂がまことしやかに広まったという。
End.
|