プロポーズ



新八ぃ、と情けない声で銀時は顔を出した。
なんですかと答えて顔を上げた新八は、その手に排水溝の蓋があることに気が付いてぎょっとする。
「ちょ、持ってこないでくださいよ」
「これがさぁ、あれだよあれ、上手く流れないっつーかなんつーの? 人生大河ほど上手くいかないみたいな?」
「言っときますけど全然上手くないです」
新八は見ていた雑誌をぱたんと閉じて立ち上がり、台所へと移動した。その後ろを銀時はのそのそとついてきて、手に持っていた濡れた蓋をべちりとシンクに落とす。
今日は皿洗ってやるよとどんな気まぐれか申し出てきたので、新八はありがたく頼んだ。最後に自分が台所の水回りを掃除したのがいつかをすっかり忘れていたのだ。なにせ、新八は病院から退院してきたばかりである。どっかの誰かさんたちは車にはねられようと斬られようと病院にかからなくてもどうにかなる安上がりの体をしているが、若干十六の上ごく普通の地球人の新八はそうもいかない。
もうほとんど治っているから退院してきたのだが、多少気にしてくれてはいるのかそれともただ単に当番の日だったからなのか、出勤した時にはすでに銀時は起き出していて朝食を作っていた。
そのままの流れで皿洗いまで頼んだのだが。
「あー……これ駄目っすよ銀さん、ちゃんと取って洗わないと」
ずるりと引きずり出すと、排水溝の中、水切りネットがかけてある元は銀色だった筒が出てきた。それは赤茶けた得体の知れないどろどろしたものにまみれていて、銀時がぎゃっと首をすくめた。
この上司はこれだから、と新八は苦笑する。
小器用なせいもあって何でも出来るのだが、表面が上手く収まってりゃいいや、みたいな適当なところがある。というか、普段の適当さが現れていると言った方が適切であるやもしれない。
例えば台所のシンクなら見えるところが現れていれば満足し、風呂場も同じだ。以前は風呂に入ったかと思ったら水が流れません、とびしょぬれの状態で情けなく助けを求めてきた。やっぱり排水溝がつまっていた。
「残りはやっときますよ、ここまでありがとうございました」
「あー……いや、その、うん」
「なんすか」
そんなに皿洗いがしたかったのかと上司の顔を仰ぎ見ると、濡れた手でがしがしとふわふわの頭を掻いている。
「ああもう、ちゃんと手拭いてください」
布巾を差し出すと大人しく手を拭く。その様子が何だか可笑しくて、新八は遠慮無く笑った。
「全く、僕はあんたのお母さんですか」
そう言うと、え、と銀時は目を丸くした。あ外したかな、と新八は取り繕う笑みを浮かべる。
「すみません、失礼しました。そりゃ僕が母親じゃいやですよね」
そもそも年齢が違う。どちらかといえば銀時が兄とか父ポジションに収まるべきだろう。さらにいえば自分は男である。
「いやあ、そんなんじゃなくて」
なんとなくきょとんとした銀時の、目が死んでいないような錯覚を覚えて新八は思わずその顔をまじまじと見た。
「新八は俺の奥さんでしょう」
そしてそのまま遠慮無くふきだした。
「なっ、なんすかそれ、ないからマジないから」
「えー、結構真剣よ? 銀さん」
「僕男ですし」
「うん、だから奥さん的なもので」
「的ってなんだああああ!」
大きく突っ込むと、銀時はまた頭を掻いた。
「まああれですよ、わかってないようだから言いますが」
仕切り直した銀時を新八は注目する。
「プロポーズのつもりなんですよ、あくまで」
流石に今度はふけなかった。
ぱくぱくと言葉を出し損ねて、新八は一つ深呼吸をする。
「じゅっ……順序ってもんがあるでしょう」
しかし出た言葉は、なんかこれ違くね?あれ?と自問するようなものだった。案の定目の前の天パはにやりと笑って。
「じゃー順序を踏めばいいわけね?」
「いや、そういうわけでは」
「侍に二言はないんじゃないの、新八くーん」
その揶揄する笑みが憎らしかった。なんなんだこの大人は!と怒鳴りそうになって止める。
今までよりも厄介なものに捕まったのだと、新八が理解するにはまだ少々の時間を要することになる。


「……銀ちゃん」
「あんだよ、神楽」
「銀ちゃん柄にもなく新八がいない間寂しかったアルな」
「なっ、ななな何言ってんですか銀さんそんなことありまっせーん」
「慌てて手出しとこうと思ったのバレバレアル」
「何言っちゃってんの神楽さあああああん!?」
「新八には黙っといてやるアルよ」
「うんわかった、その手は何かなー」
「工場長には何よりも酢昆布が似合うネ」
「……かしこまりました献上させて頂きます」
したたかな子どもは銀時そっくりにによんと笑った。




戻る